宇宙がとても高い温度でものすごい量の物質がたくさんつまった状態（高温高密度の状態）から始まった，という考え方を思いついたのは，ウクライナ生まれの物理学者ジョージ・ガモフという人でした．ガモフは，レニングラード大学で勉強していたとき，フリードマン教授から宇宙が膨張しているかもしれないという考えを聞きました．しばらくしてアメリカの天文学者ハッブルが，全ての銀河が太陽系が属している天の川銀河系から遠ざかっていることの観測に成功し，その結果この考え方が正しいことが証明されました．
ガモフは博士号をとったのち，アメリカの大学で研究を始めました．彼の研究における最大の関心は，この自然界にある９２種類の原子はどうやってできたのだろう，ということでした．そのころ，太陽の中心部は，とても高温高密度で，ここで水素原子が集まってヘリウム原子に変わる反応ｂが起きていることが解明されました．この反応によって，太陽が出しているエネルギーができていることが証明され，恒星の内部で原子が別の種類の原子に変化してしまうということが分かったのです．太陽が出しているものすごい量のエネルギーがどうやって発生しているのかは長い間謎でした．科学者たちの努力によって，ようやく謎が解けたのです．
しかし，科学者たちの計算によると，恒星の内部は，ウランのような原子番号の大きい原子を作る条件には達していないことも分かっていました．そこで，ガモフはフリードマン教授の話を思い出しました．教授の話が正しいとすると，時間をさかのぼると，昔の宇宙は高温高密度の状態だったことが予想されます．たくさんの種類の原子ができたのは，恒星の内部よりも，もっと高温高密度なところだとすると，いろいろな種類の原子ができたのは大昔の宇宙ではないか？ ガモフは，この世の中のいろいろな種類の原子ができるためには，高温高密度の状態から膨張する大爆発で始まる必要があるという考えを発表し，そのときの熱で宇宙全体が光っているだろう，という予測を立てました．
ところが，この考え方は科学者の間でとても評判が悪いものでした．宇宙はこの世の中の全てで，永遠に存在している，というのが常識的な考え方です．宇宙に始まりがある，などということは，この常識に反します．宇宙は永遠に存在しているという立場に立つフレッド・ホイルという天文学者は，いろいろ証拠を挙げて反論した上で，ガモフの考え方に強く反対して，この仮説にあまりイメージのよくない「ビッグバン」というあだ名をつけました．さらに，ガモフの考え方にもとづいて，宇宙の始まりの状態をくわしく計算したところ，大爆発のスピードが余りに速すぎて，このときの反応でできる原子は２種類しかなく，ウランなどの原子を作ることができないことが分かりました．残念ながら宇宙の始まりに全ての種類の原子ができた，というガモフの考え方は間違っていたのです．
それでは，宇宙にあるいろいろな種類の原子はどのようにしてできたのでしょうか？ 答えはやはり恒星にありました．太陽よりもずっと大きな恒星の中心では，太陽よりももっと高い温度で物質がつまった状態です．太陽と同じように計算をしていくと，大きな恒星の内部では炭素，酸素，窒素，マグネシウム，および鉄などの原子を作ることができることが発見されました．そして，こうした反応が進むと，反応によってできた原子が燃えカスとして中心にたまり，最後には恒星そのものがふくらんでしまったり，あるいは爆発してしまったりすることも分かりました．この爆発はとても大きなもので，ウランなどの原子番号の大きな原子も作ることができます．実際に宇宙を観察すると，恒星がふくらんでできた天体や恒星が爆発した跡である天体がたくさん見つかります．恒星の一生の最後に，いろいろな種類の原子が宇宙にまきちらされます．
ところで，このようなことが分かってからしばらくして，ガモフが予言した宇宙の始まりのときの光が，ペンジャズとウィルソンという二人の科学者によって偶然発見されました．宇宙の始まりに全ての種類の原子を作る，というガモフのアイデアは間違っていたのですが，宇宙が大爆発で始まるという考え方は正しかったです．宇宙が爆発するときの物質のムラが，宇宙の銀河の集まり方に影響していることも分かり，このことから宇宙がいつごろできたのかという観測結果も得られました．